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なたでここ

言いたいだけ

NEWS 10000字インタビューを読んで(主観編)

NEWS 小山慶一郎 加藤シゲアキ 増田貴久 手越祐也

NEWS4人の10000字インタビューが出そろった。先日話題になった記事の二番煎じのようになるが、以前別の記事でチラッとぼやいてたように、このタイミングでちょっくら想いを吐き出しておきたいと思う。ちなみに私のNEWSに対する感情はこの辺りの記事↓でも吐露しているが、今回も例にもれず主観まみれだし、長くて重い。

私がいわゆる“NEWS担”になってもう12年弱。そのうちの3/4以上を私は手越祐也という人ただ一人をフィルターにして、その向こう側に彼らを見てきた。例えるなら、私がカメラを覗きこんだ時、ど真ん中でピントがハッキリ合っているのが手越祐也その人で、その周りにまっすー、小山くん、シゲちゃんがいるという感じ。私は8人時代から応援しているが当時の彼らに一切未練はない。今の4人の心情を慮って泣いたりと思うところはあるが、今より昔がいいなんて1ミリも思わない。


NEWSが8人だったころ、てごちゃんは今よりもずっと幼くて、純朴で、私が応援してあげなきゃ、なんて使命感に駆られるような人だった。彼だけではない。彼らはまだ子供で、少し粋がったところもあって、上に行くなんて向上心よりある種の諦観が勝るような、そんな印象だったことを覚えている。


絶対的エースがTOPに君臨していた以上、グループ内ヒエラルキーの最上位なんて夢のまた夢で。でもそのエースの存在にどこか甘えたところがあって。「この人がいるんだから、(グループとしては)まあそこそこイケるだろう」なんて考えていたところもあったんじゃないのかな、と思う。


そんな彼らが初めてグループの重要性を肌で感じたのが活動休止の時期なんじゃないかと思っていて。グループ名すら口にすることを禁じられ、個としての力が如何に及ばないかということを思い知る。かたやテゴマスはその期間にデビュー。私はその当時のコヤシゲの気持ちを思うとどうしても胸が締め付けられる。表には一切出さないけれど、絶対に悔しさや疑問は溢れて止まらなかっただろう。


2007年の年越しとともにNEWSは6人で活動を再開したわけだけれど、「不祥事を起こしたグループ」というレッテルはしばらく付きまとうことになる。残った人たちには何の罪もないのに。連帯責任として罰も受けて、一度死んでまた生き返ってきたのに。そこにはグループ内の圧倒的格差も変わらなく存在した。最近他のグループで騒がれているようなあからさまなものではなかったかもしれない、それでもこちらサイドから見ていて矛盾点が多かった。たとえば雑誌のページ割だってそう。ドラマの主題歌だってそう。どうして選ばれるのは「彼ら」じゃなかったのか。もしかしたら花開くはずだった蕾のいくつかが、幾度となく摘み取られてきたんじゃないか、私はそんな疑念をずっと消すことができないでいる。


4人にはそういう閉塞感がずっとあったはずで。ずっとぬるま湯に浸かっていて、どんなにもがいても水面から顔を出すことができない。結局は二枚看板におんぶにだっこでいるしかないのに、その頼みの綱の2人がNEWSというグループのほかに居場所を確立してしまっている。もしその仕事がNEWSに回ってきたら。あの歌を歌うのがNEWSだったら。そうやって悔しい思いをすることも、きっと多かったと思う。


でも、わかってもいる。当時の4人の個の力がどれだけ及んでいなかったか。どこで言及していたかは忘れてしまったが、4人が苦労してようやく覚えた振り付けを後から合流した2人があっという間にものにする*1と、そんな話を誰かが言っていたように、やっぱりあの頃は、能力の面では2人に敵いっこなかったのだ。


もともと自分より前にいた人と同じ歩幅で進んでも、その差は一向に縮まらない。しかも、どんなに一緒に歩きたくても、相手は途中で自転車に乗ったり車に乗ったりして、どんどん先に先に行ってしまう。あの頃のNEWSはそうだった。一緒にいても一緒じゃなかった。


たぶん初期から応援している人の多くが、彼らに対して一度は恨みつらみをぶつけたくなったことがあると思う。少なくとも私はそうだ。当時の私は彼らが辞めたことを無責任だと思った。辞めるだろう、と思ってた人に無責任という言葉を突きつけるのは間違いかもしれないが、ここで戦線離脱するなんて卑怯だと思った。もちろん彼自身もきっと思うところがあって、考えた末の決断だと頭では理解していても、理不尽さだけが先行して、あげくその想いは怒りに変わった。自分ありきで結成されたグループだと知ってて辞めるのか。自分がグループでどんな位置にいるかわかっているのか。残される者の気持ちはどうなるのか、と。


みんながみんな「もう(脱退した2人に対する)怨みはない」と自分の想いを昇華してるなかで、シゲちゃんが引きずってると言ってくれたのが個人的にすごく嬉しかった。私たちと一緒にその苦しみを背負ってくれる、その覚悟のある人なんだと思ったから。許せる人がいるなら、許せない人がいてもいい。そう肯定されているような気がして、本当に気持ちが楽になった。NEWSは4人になるべくして4人になっただろうし、私はこれが最善だったと思っている。それなのにまだ彼らを許すことはできないなんて、矛盾していることも重々承知している。でも、それでいいんだと思う。どんなに許せなくたって、私は確かにあの頃もNEWSが好きだった。2人の作る歌が好きだった。お互いに気を使いながらも、信頼関係を築いていたNEWSが好きだった。NEWSという物語の主人公の1人は確かに彼らだったのに、私は穿った見方しか出来なくて、あの日を境に勝手に2人を悪役にアサインしてしまったんだろう。


もしあの時、NEWSが解散してしまったら。私は肩書きを失った4人を今でも応援し続けていただろうか。出ていった2人をテレビで見て、平然としていられただろうか。残されたNEWSの楽曲を聴くことができていただろうか。私のように4人になったことを喜ぶファンもいれば、やっぱり4は6を越えられないと今でも思うファンもいるだろう。そんな私たちの、どこに矛先を向ければいいかさえわからない醜い感情に、4人はNEWSという変わらない受け皿を用意してくれた。彼らは単に自己保身のためにNEWSを守ったのではなく、「居場所」の大切さを知っているからこそ、私たちファンが路頭に迷わないようにNEWSを残してくれたのだ。今気づいた。


私は4人になってからのNEWSが一番好きだ。もう10年以上彼らを見てきているが、今が一番好きだ。お互いに対等に認め合って、赦して、叱咤激励・切磋琢磨し合う今の4人が大好きだ。


この4ヶ月、彼らには毎月泣かされた。「ごめんね、もう二度と泣かさない」なんて歌うくせに、律儀に毎度毎度涙を誘うのだから本当に罪な男たちである。


語弊があると分かってあえてこの言葉を使っているが、私は未だに山下くんを許せない。錦戸くんの脱退に関しては驚くほどあっさりと受け入れることができたのに。許すとか許せないとかそういう問題ではないことはわかっていても、それでも私はもう彼に対してポジティブな感情を持つことはできないと思う。あの時憤りを覚えた気持ちが、ずっと胸の中で燻っている。まさかけーちゃんが騙されたエイプリルフールの冗談が現実になるなんて、あの頃誰が思っただろう。そうやって懐かしむだけで涙が出そうになる。たぶん私は、先述した醜い感情を彼ただ一人にぶつけてしまってるんだろう。申し訳ないとは思っている。


この記事を書くにあたって一番後悔しているのは、どうして当時の想いを形で残しておかなかったのか、ということだった。人間は嫌だったことは忘れ、嬉しかったことは美化する傾向にあるというが、私もまさにそうだ。今覚えているのは嫌悪感だけ、当時の自分に会ってインタビューでもすれば、もっとしっくりくる言葉を選べただろうし、今後振り返るときのアーカイブなんかを作ったりもしたかった。つくづくこんな面倒臭いファンでごめんと謝りたくなる。主観だけで約4000字語ったり、何かあるとすぐ泣く*2私は、本当に面倒で厄介なファンだ。もっと個人の言葉にフィーチャーしてみようと思っていたはずなのに。シゲちゃんのお誕生日を祝う記事も途中で投げ出したままだが、今回の10000字インタビューに関してはシンメごとでまとめて記事に起こそうかな、と考えてはいる。


改めて。NEWSを残してくれてありがとう。私たちに(も)居場所を残してくれてありがとう。今の私は、最高で最強に4合わせだ。

*1:たしかLIVE!LIVE!LIVE!のDancin' the Secretの振付の話だったと思うが出典は失念した

*2:みなさんはどうでもいいと思われるだろうが、先日の東京ドーム公演でけーちゃんが「NEWSは活動を止めないぞ!」と言ってからチュムチュムが終わるまで私はずっと号泣していた