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なたでここ

言いたいだけ

アイドルと(疑似)恋愛の話

Johnny's NEWS 加藤シゲアキ 小山慶一郎 増田貴久 手越祐也

 とても興味深い記事を拝読した。実はこの手の記事をずっと下書きにしたためていて、でもうまくまとめられなくて悶々としていたのだ。完全にインスパイアされた記事になるが、ここからは下書きにずっと眠っていたものに大幅に加筆して、私なりにアイドルとファンの間の(疑似)恋愛について、見解を述べていこうと思う。初めに断っておきますが、結構ゲスいです。

 

 ひとつ前の記事で、私は「気持ちが一過性のものではなく、時間とお金を蝕むようになったとき、便宜的に担当と呼ぶことに決めた」と述べた。ここで「便宜的」という言葉をあえて付加したのには理由がある。

 私の小山くんに対する感情って、認めたくないけれど限りなく「リア恋【枠】」なんだと思う。23歳にもなっていい加減にしろと自分でも思うが、間違いなく、ただの「担当」の枠には収まりきらないものがある。*1それは言うまでもなく、現実世界の私の好きなタイプに、小山くんが限りなく合致しているからだ。もちろんそれが彼の真の姿とイコールではなく、アイドルを演じる上でのリップサービスが含まれると理解していても。

 

  少し前に、ジャニーズウェブの連載での「浮気」問題が騒ぎになっていた。“(浮気してたグループは)かっこよかったですか?寂しさを紛らわせてくれましたか?”なんて論調だった。確かにちょっと棘のある言葉使いだったかもしれない。でも拗ねてる様子を素直に文章にして、まさしく(疑似)恋愛をしている!と思わせるために彼らはあえて書いているはずで、その思惑がストレートに伝わらないもどかしさはあっただろうな、と思う。人によって受け取り方も様々なんだな~とやけに感心したものだ。

 

 4人になってからのNEWSって、他のどのグループよりも「ファンの疑似恋愛の対象であろう」と努めてきたところがあると思っている。私たちファンを彼らはある人は「恋人」と、またある人は「妻」だと言う。コンサートは「デート」だし、もし他のグループに目を向ければ、「浮気どころか不倫だ」と軽々と言ってのける。ジャニーズウェブでは「早く会いたいね」、「早くいちゃいちゃしようね」などと愛の言葉を否応なく囁かれる。

 彼らがこういうスタンスである以上、ファンが彼らに対してある程度の本気度合で恋愛感情を抱くことは避けられないんじゃないだろうか。事務所全体である程度その「(疑似)恋愛」におんぶにだっこな商法をとっていることは否めないと思う。だからここでただの担当には収まり切らない「リア恋」と「リア恋枠」そしてその上を行く「本気愛」が登場するわけだ。あくまで私の見解だが、「本気愛」と「リア恋」、「リア恋枠」それぞれに共通するものとして、”彼らの隣にいる自分を思い描く”ということが一つ言えるのではないか。ただ、その本気度が異なっているだけなのだ。

 

 「本気愛」とは字のごとく本気で愛しているという意味で、つまり現実世界での好きな人は彼らアイドルとイコールなのである。本気愛を自認する人々で副担を設けている人はあまり見たことがない。ちょっと若い感覚の言葉を使うなら、「同担拒否」というのはここのカテゴリーに属するものだと考えている。本気で好きなら同担を拒否したくなる気持ちもわからなくはない。だって私にもそういう時期があったもの。学年の女子の多くから好意を寄せられる○○くんがいたとして、もし親友も私も○○くんに片思いしていたとしたら、その友情にひびが入ることもあるだろう。同担拒否とは、きっとそういうことなのだ。

 

 先述したが、「リア恋」と「リア恋枠」にも共通しているのが、彼らの横を歩くのはあくまで「自分」でありたいと願うことだ。彼らがドライブに行った、と言えば助手席に座っている自分を想像するし、お寿司を食べた、と言えばちょっとリッチなお寿司屋さんのカウンター席で一緒に食事する絵を思い描く。

 でも、ぶっちゃけた話「リア恋」も「リア恋枠」も、実際に自分が彼らの横を歩く日が訪れないことを頭ではわかっている。少し脱線するが、私が東京に出て女子大生として4年間生きて分かったことは、こんなに人がいるのに、意外と世間は狭いということだった。私ですら彼らを意外と身近に感じたのだから、もっとそれを実感、体感している人は一定数いるだろう。でも、「リア恋」「リア恋枠」を設ける人たちはみんな、ファンと彼らの間には不透明な壁が存在していて、その壁はどんなことがあっても壊されないことを理解している。そして、自分からその壁を壊そうと努力することはないだろう。これが「本気愛」との違いではないだろうか。どんなに距離が縮まったって、所詮アイドルと一般人は違う世界に生きているのだ。

 少し話がそれたが、じゃあ「リア恋」と「リア恋枠」との差は何かっていうと、「リア恋」は「担当」とイコールな人が多いように思う。現実世界でこんな人と付き合えたらなぁ……と思う人をそのまま担当にしているタイプ。でも、「本気愛」ではないから現実世界との区別はしっかりできている。かたや「リア恋枠」は担当の他に好きな人がいて、「リア恋【枠】」という自分の中での気持ちの置き所を作っているに過ぎないんだろう。担当とは少し違う、でもこの人は理想のタイプだから特別だなぁ、という感情に「リア恋枠」という名前をつけたのだ。もちろん現実世界との線引きは忘れない。

 「本気愛」だって「リア恋」だって「リア恋枠」だって、彼らが誰か人のモノになるのは許せないはずだ。だって彼らの横を歩きたいのは自分自身なんだから。だから熱愛報道なんかが出ると一様に落ち込むし、引いては日常生活にだって影響を及ぼしかねない。そういう反応を傍目から見ると、全部一緒くたに見えてしまうかもしれない。けれど、きっとこの三者の間には相容れない差異が存在していて、ある日突然何らかの外因によって行き来が生まれることもあるのだろう。

 

 かくいう私は「リア恋枠」に限りなく当てはまる人がいるにもかかわらず、その人をも「担当」の定義の範疇に無理矢理括っている。それはなんでか、というと、この「リア恋枠」という言葉を声高に主張するのに少し恥じらいがあるからだ。だって、もういい歳なのに、ファンサ厨でリア恋枠がいて、なんて、もう私の自意識がそんなの許さない。きっとこういう心境でいる人、少なからずいると思うんですがいかがですか?

 

 ここからは完全に自己満なんだけど、具体的にNEWSを疑似恋愛の対象に当てはめて考えてみたい。

 NEWSで不動の「リア恋枠」No. 1は小山慶一郎だろう。あんなに多方向から「結婚したい」って言われてる人、他に見たことない。確かに包容力があって、かっこよくて、綺麗好き*2で、かわいくて、サプライズなんかもちゃんとしてくれそうで、かわいくて……言うことない旦那さんになりそうだな、とは思う。

 かたや「リア恋」が多いのは手越祐也にみえる。特に若年層に多いイメージ。彼は結構わかりやすいリップサービスを常日頃怠らないから、そういう意味では一番キャッチーな存在たりえるだろう。

 そして「本気愛」が一番多そうなのが増田貴久。ある種の信仰めいたものがあの界隈にはある気がする。プライベートは決して明かさない、アイドルに徹したその姿勢も相まって、割ととっつきにくい一方で一度好きになったらどんどんのめり込んでしまいそうなタイプ。

 加藤シゲアキはというと、正直「本気愛」「リア恋」「リア恋枠」どれもあまりしっくりこなかった。多分それは、彼が一人でなんでも出来てしまうために、あまり女性特有の庇護欲を擽られないことが大きいと思う。勝手な印象だが、彼を敬愛の眼差しで見ている人が多そうだ。

 

 勝手に私の個人的な見立てで彼らを分類してしまった。彼ら自身はというと、結構そういう対象として見られることを喜んでいる節があるように見える。確か前に「なんか名前を変えられる小説*3みたいなのがあるんでしょ?面白いよね」というようなことを言っていた。アイドルだって一人の男の子なわけで、表現はどうあれ自分に対してまっすぐに向けられる好意は少なからず嬉しいものなのかもしれない。

 

 本当に書きたかったことの半分くらいしか文章にできなかった…ちょっと婉曲して伝ってしまいそうなので一応最後に但し書きを。ここまでつらつらアイドルと(疑似)恋愛について述べてきたわけだけど、別に人様がアイドルへ向ける感情を否定するような意図は一切ないです。あくまでこんな風に考えてるやつもいる、ってことで、流し読み程度に読んでいただければと思います。

*1:裏を返せば、私にとって唯一無二の「担当」はやっぱり手越祐也なのかもしれない

*2:多少行き過ぎていて潔癖ともいえるが

*3:小山くんがMCかなんかで言っていたと思うんだけど記憶が曖昧。すげーグレーゾーンの話ぶっこんできたよこいつ!と当時はひたすらに引いていた